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2022-4-3 四旬節黙想会
神はその独り子をお与えになるほど、世を愛された
 4月3日の四旬節第五主日に、ノノイ・プラザ神父様のご指導のもと、四旬節の黙想会がおこなわれました。テーマは「神はその独り子をお与えになるほど、世を愛された」です。ノノイ神父様は池田教会の主任司祭として4年前にフィリピン御受難修道会より赴任され、今年の秋には任期を満了して帰国なさいます。黙想会を指導してくださるのは、今回が最初にして最後の機会でした。
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 ノノイ神父様は神様がわたしたちに与えてくださる無限の愛について、旧約聖書の詩編やホセア書、ミカ書、そして新約聖書、カテキズムにいたるまでをふんだんに引用しながら、語りつくされました。「主に立ち返れ」と呼びかけるホセア書に基づいた聖歌も歌われ、その歌声はしみじみとわたしたちの心に響きました。ご指示に従い、信徒たちは「恵み深い主に感謝せよ、慈しみはとこしえに」から始まる詩編136を大声で唱えました。神父様はヨハネ3:16の「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」を朗読なさったあと、ご聖体を顕示され、私たちを深い黙想へといざなわれました。
 教皇フランシスコが祈りとはなんですか、という問いに、「祈りとは、十字架につけられた憐れみ深いキリストとの出会いです。私は自分にたずねます。キリストのために何をしただろうか、何をしているだろうか、何をすべきだろうか」と聖イグナチオの言葉を引用して答えられたことを、ノノイ神父様は教えてくださいました。
 「神よ、わたしを憐れんでください、御慈しみをもって、深い御憐れみをもって、背きの罪をぬぐってください、わたしの咎をことごとく洗い、罪から清めてください」から始まる詩編51を、ノノイ神父様は信徒とともに読み上げて祈ったあと、赦しの秘跡を行われました。こうして祈りに満ちた黙想会が終わりました。
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(広報委員会)
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