-マタイ 5:44-

敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい

-中村神父-

 先日調べ物をしていて、これまで知らなかった、ある歴史的な出来事を知ることができました。心が痛むお話ですが、皆さんに分かち合いたいと思います。

 御受難会が所有する福岡修道院の隣町には、新松原海岸と呼ばれる美しい海岸があります。その名の通り海岸沿いに植林された松林が立ち並び、その長さは総延長12キロにも及びます。現在では魚釣りや海水浴を楽しむ人だけでなく、サーフィン・スポットとしても知られていて、夏には多く人々が訪れる観光地となっています。

 江戸時代の初めにこの地を治めていたのは福岡藩主である黒田孝高(官兵衛)でした。彼は洗礼名をドン・シメオンとする切支丹大名の一人です。1587年に豊臣秀吉が発布した伴天連追放令の際には一時的に棄教したようですが、その後は領地内の教会を保護し、彼自身の葬儀もキリスト教の典礼様式に則ったものでした。

 孝高の後を継いだのは息子の長政です。彼も洗礼を受けたキリスト教信者であり、当初は孝高からの遺言を重んじて、領内で働く神父たちと良い関係を保つよう心掛けていました。しかし、福岡の地を与えてくれた徳川家康に忠誠を誓うあまり、幕府の命令に従って1613年からキリスト信者を厳しく弾圧し始めたのです。1614年に家康がキリスト教禁止令(伴天連追放之文)を出すと迫害はさらに強まり、それは長政の死後も継承されて、1638年に島原の乱が起こると切支丹狩りは頂点に達しました。

 その時に刑場となったのが、この新松原海岸です。長政はここに拷問処刑場を作り、5メートル四方の小屋を建てて100人以上を押し込めるなど、キリスト者に対して他に類を見ないほどの厳しい刑罰を科しました。その詳細はあまりにも惨いため、この場で述べることはできません。この刑場で殉教した人々は数千人にも及ぶと伝えられています。

 福岡市内にもいくつか切支丹への拷問を行った刑場が残されていて、江戸時代の半ばには今村(現在の三井郡大刀洗町)の潜伏切支丹を除いて福岡の地からキリスト信者は根絶やしにされてしまったのです。

 山上の説教(マタイ福音書5~7章)でイエス様は「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と教えておられます。厳しい拷問を与える相手を、どのように愛して、その人のために祈ることができるでしょうか。

 アトス山の聖シルアンは、次のように教えています。

 「ある人があなたを侮辱し、不名誉をもたらし、あなたのものを奪い、教会を迫害するとき、主に向かってこう祈りなさい。『主よ、私たちは皆、あなたの被造物です。あなたのしもべを憐れみ、彼らの心を悔い改めに導いてください』と。このように実行するなら、あなたの霊魂に恵みがあることに気がつくはずです。まず、敵を愛するように心を縛りなさい。主はあなたの善意を見て、すべてのことにおいてあなたを助け、道を示してくれるでしょう。しかし、自分の敵に悪意を抱く人は、自分の中に神の愛を持っておらず、神を知らないのです」。

 新松原海岸の西端には、この地で殉教した人々のための慰霊碑が建立されているそうです。次に福岡を訪れた時はここを訪れて、彼らの永遠の安息を祈りたいと願っています。


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